月: 2020年2月

別府、山地獄の生き物、他

別府には何カ所も地獄がありまして、今回「山地獄」に行ってみました。

山地獄は要するに動物園、といっていいでしょう。上はカピバラ。カピバラってずいぶん人なつっこい。(写真は3枚スライドします)

白ウサギが可愛かった。(写真は3枚スライドします)

前回にUPした臼杵石仏。その道中の写真。(写真は4枚スライドします)

 

(スライドしません)

臼杵駅前のビジネスホテル、臼杵駅前ビジネスホテル【クレドホテル臼杵】 の朝食ビュッフェ。美味しかった!!!オススメ。特に関サバ。

 

臼杵煎餅

中国の代わりに大分へ行ったら、存外中国気分を味わえた話し。石仏とか

そんなで、中国行きは実現しませんでした。
理由は説明するまでもないでしょう。コロナのせいです。さいわい中国国際航空(エアチャイナ)は「こういう事態なのでキャンセル料は頂きません」との対応だったので、金銭的打撃は最小ですみました。(エアトリの手数料2万はもどってこなかったケド。シクシク…)

旅行のために取った連休を家で過ごすのはイヤだったため、またまた大分県に行って来ました。もう、何回大分に行けば気が済むんだって感じですが、まるで引き寄せられるが如く九州へ行ってしまう自分です。

ところがこの大分県、偶然にも(というか必然?)中国との共通点が多かったのです!!!
今回、みっつほど発見したので、可能な限り紹介します。

一、別府湾と杭州市の西湖

中国旅の最大の目的は杭州市でした。杭州市は上海から鉄道で3時間ほどの、地図で見ると隣の市です。近年ではアリババの本拠地ということで知られています。杭州市のメインスポットは西湖(シーホー)という湖でわたしはここへ行くのを楽しみにしていました。

そしたらなんと、今回宿泊したホテルからのオーシャンビューが西湖にそっくりでした!!!


別府湾に昇る朝日。日の出時刻07:08。遠くに見えるのは四国か大分市かのどっちかです。ひょっとしたら両方かもしれません。ただの湾ではなく、ほんとに四方を囲われているので湖っぽいのです。もっとも、調べると西湖は面積約6.5km2。別府湾は475km2。
大きさの規模は別府湾が圧巻なのですが。


朝もしばらくしたら船が出てきました。この雰囲気、西湖っぽい!!! 写真はやや望遠で撮ったところ。肝心の西湖の写真は行ってないのでありません(きっぱり)。杭州西湖の絶景画像とドローン空撮動画 中国の世界遺産

二、崖に彫った石仏

別府湾と西湖が似てる(ような気がする)のは驚きでした。次は、より本気で似通ったマインドを感じさせて、ひときわ観光にも力が入った、「臼杵石仏」(うすきせきぶつ)を紹介します。

(上の3枚の写真はトリップアドバイザーから拝借した「霊隠寺」)

西湖のほとりには、西暦300年代に建立された古刹「霊隠寺」がありまして、わたしはここを訪れるのも楽しみにしていました。「霊隠寺」の目玉は1000体以上を超えるという、崖に彫った仏たちです。かなり早くからこれらの写真を見ていたわたしは「なんだか不気味だな……」と思いつつも、いったい、誰がどんな目的で彫ったのか、当時崖に仏像を彫るのがブームだったのか? など想像しました。

ここに行けなかったのは本当に残念でした。ところが、大分空港で娘がトイレに入るというから外で待っていたら、目の前に石仏の写真が!!! 観光誘致のための大きな看板です。石仏といっても自立的に立っている仏像ではなく、「霊隠寺」のと同じくレリーフ状に彫った仏なのです。これ、磨崖仏 (まがいぶつ)といって「そそり立つ岩壁や岩壁を龕状に彫った内側に刻まれるなど、自然の岩壁や露岩、あるいは転石に造立された仏像」。

つまり、持ち運びなんかは出来ない、その土地の自然と渾然一体となった完全据え置きタイプ。それ「霊隠寺」のと完全に同じじゃん!!! なんかもう偶然? それともわたしが知らないだけで、一部では常識の大陸との文化的つながりの深さ? かもしれませんがよくわかりません。ともかく今回その石仏のある臼杵(うすき)市に行くことにしました。

 

臼杵駅

はい来ました。臼杵駅です。

臼杵という町、臼杵城の城跡が公園になっていたり、城下町を再現していたりと見所があるのです。が、今はそこらはジャンプして直接石仏を見てみましょう。

↓↓↓↓

 

 

臼杵駅構内にある観光案内所でレンタサイクルを借りて石仏に向かいました。

 

↓↓ 駅から漕ぐこと約45分。石仏の入り口につきました。

入り口には石仏空間への入場チケット(550円)売り場、名物「臼杵煎餅」楽天アフィリエイトの工場&販売所、ちょっとした土産物屋などがあります。

臼杵石仏入り口

 

↓↓右手の入り口を登っていきます。

臼杵石仏入り口

 

↓↓しばらくすると、石仏たちが現れました。

ホキ石仏第二群

思った以上に、ちゃんとした建物内に置かれている印象です。

ホキ石仏第二群

こんな感じで、新しい木材で囲っているため、いまひとつ「霊隠寺」との共通感覚は少なかったです。が、これには理由があって、国宝臼杵石仏のホームページにあるとおり、夜間の気温が下がりすぎる場合各石仏群のシャッターを閉めるのです。その他、雨風にさらされて劣化、崩落するのを防いでいます。

石仏が彫られている地層は、約9万年前に阿蘇山噴火の際、流入した噴出物が冷え固まって形成された「阿蘇溶結凝灰岩」と呼ばれるもの。

「阿蘇溶結凝灰岩」は水分を多く含んで柔らかいため、水に削られやすいのに加え、コケやシダが生えやすく、放置しておくと表面がボロボロに傷付くそう。そこで、定期的に「紫外線照射」を行って、コケやシダを除去。今回わたしが訪れた時もその作業を行っていました。これは、臼杵石仏で開発された国内初の画期的な技術、なんだそうです。

数としては全体で60余体の臼杵の大仏たち、彫られたのは平安末期から鎌倉時代。しかし、発見されたのはごく最近(大正時代)だそうです。昭和になって磨崖仏では全国初、彫刻としても九州初の国宝に指定されました。

 

臼杵石仏
地獄の会議。通常は閻魔が中央に座るところ、地蔵であるのが特徴

↑↑わたしめが一番気に入った、地獄会議の面々。通常、冥府で亡者の罪を裁く地獄会議は中央に閻魔が座します。が、こちらは地蔵菩薩が中心にいるのが特徴だそうです。

ビシバシと悪行を裁いていく閻魔ではなく、慈悲の地蔵。この時代は生きることが地獄だったのかもしれません。死んで閻魔に会ったからといって誰も驚きません。い~やい~やってなもんでしょう。そんな時こそ地蔵。死んで地蔵に「お前よくあんな悲惨な世を生きたな、偉かったな」とほめてもらいましょう。

平安末期から鎌倉時代初期というと、1054年~1234年あたりかと思うのですが、この頃は末法思想の時代で末法の世と言われていたのですねえ。
末法思想とは、

釈迦が説いた正しい教えが世で行われ修行して悟る人がいる時代(正法)が過ぎると、次に教えが行われても外見だけが修行者に似るだけで悟る人がいない時代(像法)が来て、その次には人も世も最悪となり正法がまったく行われない時代(=末法)が来る

という歴史観。

なんだか、今の時代に似てないですか? たとえば、戦争を体験した世代がみんな亡くなりつつあります。本当にその悲惨を伝えられる人が去り、伝承されて語り継いだ人間も、だんだんと力を失うか、もしくは形骸化していく。その次の世代は戦争のせの字も考えていない….

あるいは、戦後の貧困から立ち上がるために皆が必死に働いた時代があって、生き生きとした生命力や知恵があった。その次になると、最初の成功者が自分の利益や一族を守ることのみに専心していく。そこから発生した格差の壁がたちはだかり、多くの人々は廃材の中で生きるしかなくなっていく….

あるいは、最初に大学ができた頃は大学進学は世界中の学問を修め考える力を養い社会や人類のために役立るためだった。結果として物知りで信頼のおける人間になったがゆえに社会の中枢にいた。それがだんだんと大学は自分だけが社会的ステイタスを得て有利になればいい、という道具になっていった。

 

山王山石仏

そんな末法の世に、誰がどんな理由と思いで彫ったのか。現在のところまったくの謎で詳しいことは分かっていないそうです。

↑ 上の仏像は、とても柔和な顔立ちの「如来座像」。癒やしを感じさせる表情です。

古園石仏

↑↑臼杵石仏を代表する「大日如来像」です。

 

四角や円形の穴には経典を入れるそうです。経典が非常に大事なんだなと、分かりますね。

 

ところで、さっき霊隠寺 のホームページ(日本語Ver)をみつけ、アッと驚きました。日本に仏教をもたらした「空海」(774~835)の像が、「霊隠寺」に飾られていたのです!!! 空海は、「仏法を求めに中国へ渡り、福建から杭州を経る時、霊隠寺へ来て参拝」したんだそうです!!!!!! ややや、そこまでは知らないで杭州と考えていたわけで。

その像は、「中日友好三十周年記念」を記念して造られ安置された、とのこと。日中友好条約は1978年10月23日の締結。その30年後なら2008年です。

そしてまた、上記ホームページを見ると「霊隠寺」の「飛来峰石刻彫塑群(ひらいほうせきこくちょうそぐん)」の造られた年代が明代だったり北宋だったりするのですが、だいたい西暦1000年頃で、臼杵大仏の造られた年代と同じです。

三、蓮の花

 

 

↑↑別府の「海地獄」で見た蓮の花の写真3枚です。↑↑ 2月に訪れたのに咲いているのは、海地獄の温泉熱が利用されているため。

西湖にも蓮の花が咲くみたいでインスタ映えスポットみたくなってます。といっても温泉熱じゃないので7月が見頃のようです。

と、いうことは、夏にもう一度中国行きを計画したら、見れるかもしれません。

もちろん、コロナが収束してないとダメですが。まあしてなかったら東京オリンピックも中止になるでしょうし、そうなると、ますます末法の世っぽくてスゴいです。

ああ、コロナが憎い!!!!

憎いけど、コロナって何かからのメッセージだと思いますワ。金剛界大日如来さんあたりからの。